『神は二心の人を憎む』(2026.1.4礼拝)
礼拝説教題『神は二心の人を憎む』 詩篇119篇113-120節
【主題聖句】
私は 二心のある人たちを憎み あなたのみおしえを愛します。(詩篇119:113)
聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会
第15段落は「ס(サメフ)」で始まります。113節冒頭のヘブル語は「二心(セアフィーム)」で「裂ける」「分れる」「枝分れする」等の意味があります。
「二心」とは、唯一真の神様への忠誠を捨てて真の信仰から枝分れした状態で、半分は神様に仕えて半分は偶像(富)に仕えるような中途半端な信仰者のことです(マタイ6:24)。主はそのような人を「憎む」と言われます。
作者は二心のある人たちを「憎む」と同時に、主の御言葉を「愛する」と誓っています。それは彼の同胞の中には二心で悪を行う者たちがおり、彼らが偽りと欺きで彼を誘惑して罪に引き込もうとしているからです。 彼は自分の肉の弱さを知っており、誘惑に負けて御言葉から迷い出る者となって主に退けられてさばきを受けること、地上のすべての悪しき者と一緒に金かすのように取り除かれることを恐れて震えていたのです。
だからこそ彼は、主を唯一の「隠れ家」「盾」として御言葉を待ち望み、二心の悪を行う者たちと絶縁して御言葉を守ることを決意して、自分を御言葉の通りに支え、生かし、自分の望みのことで辱めないようにしてくださいと祈るのです。またそうしてもらえれば、自分は罪の誘惑から救われ、絶えず主の御言葉を見つめることができると告白しています。
主よりも世のものに拠り頼む二心のある人は、その歩む道のすべてに安定を欠きます(ヤコブ1:8)。預言者エリヤはイスラエルの人々に「おまえたちは、いつまで、どっちつかずによろめいているのか。もし主が神であれば、主に従い、もしバアルが神であれば、バアルに従え(1列18:21)」と言いました。それゆえ私たちも二心と決別し、主に近づかなければなりません(ヤコブ4:8)。「主よ。私が二心にならず、ただあなたに拠り頼み、あなたの御言葉を愛する者とさせてください」と祈る者となりましょう。
三谷浩司 牧師
