『幸いの保証人』(2026.1.11礼拝)

礼拝説教題『幸いの保証人』 詩篇119篇121-128節

【主題聖句】

あなたのしもべの幸いの保証人となってください。 高ぶる者が私を虐げないようにしてください。(詩篇119:122)

聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会

 

 第16段落は「ע(アイン)」で始まります。122節冒頭のヘブル語は「保証する(アーラヴ)」です。詩篇ではここしか使われていませんが、箴言では6回も使われており保証人になることのリスクを教えています(箴11:15)。
 ただし私たちの生活においては、病気やケガで入院する時、住まいを借りる時、多額の借金をする場合など保証人がいなければ困るケースもあります。しかしよほど信用がないと誰も保証人になってくれません。なぜなら保証人となることは相手の責任を全部負うことになるからです。
 ヤコブの次男ユダは弟ベニヤミンのいのちの保証人となり、もし彼を連れ戻さなければ自分は一生罪ある者となると言って父を説得しました(創43:9)。そしてヨセフがベニヤミンを留めようとした時、彼は自分が代わりに奴隷となることで保証人の責任を果たそうとしました(創44:33)。
 この詩篇の作者は神の教えを破り偽りの道を歩んでいる高ぶる者たちに虐げられていました。それで彼らの手から救い出されるための「幸いの保証人」となって欲しいと主に嘆願しています。もちろん彼にその資格があるわけではありません。だから「恵み」によって取り扱ってくださいと祈ります。それゆえ彼は主の救いと「義」の御言葉を慕い求め、すべてのことにおいて御言葉に従ってまっすぐに歩むことを決意しているのです。
 先のユダの姿勢はユダ族から出るイエス・キリストの型でもあります。イエス様はご自分のいのちを贖いの代価として十字架で死なれ(1テモテ2:6)、私たちの罪の負債を全て支払われて滅びから救い出してくださいました。そして私たちの「幸いの保証人」となられることの保証として、三日目に復活され、今も天において私たちをとりなしておられます(ヘブル7:22,25)。また救いの完成の確かな保証として聖霊を与えてくださいました(2コリント1:22)。それこそ純金(世の何物)よりも確実な決して揺るがない保証です。

三谷浩司 牧師