『夜明け前の静思』(2026.2.1礼拝)
礼拝説教題『夜明け前の静思』 詩篇119篇145-152節
【主題聖句】
私は 夜明けの見張りよりも先に目覚め あなたのみことばに 思いを潜めます。(詩篇119:148)
聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会
第19段落は「ק (コーフ)」で始まります。最初の二つの節の冒頭はどちらも「カーラー(呼ぶ)」です。この段落から、祈りについて学びましょう。
第一に、祈りとは主の御言葉を待ち望みつつ、心を尽くして主を呼び求めることです。祈りは神様の前に美辞麗句を並べ立てることではありません。そのような祈りを主はお聞きになりません。そうではなく、主以外に自分を救うことのできる方はいないこと、かつ自分は主に救っていただく資格のない罪人であることを素直に認め、ただ主のあわれみと恵みの御言葉の約束にすがる祈りを聞いてくださるのです(ルカ18:10-14)。
第二に、祈りの極意は「先手必勝」です。この詩篇の作者は夜明け前に起き、夜明けの見張りよりも先に目覚め、御言葉に思いを潜めて祈ると言っています。それは時間や日課よりも何にもまして、祈りにおける主との交わりを「最優先(キッダム)」するということです。イエス様もそうされました(マルコ1:35)。そうすれば一日を生きるための御言葉が与えられ、主の祝福と守りと導きの中で歩むことができます。しかしもし祈らずに一日を始めたら、きっと「後手完敗」になってしまうことでしょう。聖書の登場人物、また私たちも、それを幾度も経験しています(マタイ26:40-41)。朝一番の主との交わりである静思(デボーション)の習慣をつけましょう。
第三に、祈りによって神に「近づく(カーローヴ)」ことが大切です。敵である悪魔は四六時中私たちに近づいてきて攻撃してきます。ですから悪魔が近づけば近づくほど、私たちはより一層祈りによって主に近づかなければなりません。しかし私たちが主に近づいて、主から与えられる御言葉の剣を振るうなら、悪魔は逃げ去ることでしょう(マタイ4:10-11)。
そのように祈りと御言葉は私たちの信仰生活の永遠にして堅固な土台です。その上に留まるなら信仰生活は揺るぐことはありません(ルカ6:48)。
三谷浩司 牧師
