『唯一まことの神とは』(2024.8.25礼拝)
礼拝説教題『唯一まことの神とは』詩篇86篇
【主題聖句】
まことに あなたは大いなる方 奇しいみわざを行われる方。 あなただけが神です。(詩篇86:10)
聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会
表題に「ダビデの祈り」とありますが、この86篇はコラ人がダビデの祈りを編纂したものと考えられています。ダビデは「主よ」と何度も繰り返し神様に祈っています。それらはダビデがかつて祈ったものであり、それが一つ詩篇にまとめられている、まさにダビデの祈りの総集編です。
その目的はダビデの祈りの対象、すなわち唯一まことの神とはどんなお方であるかを聞く人が知り、神様に絶対的な信頼を寄せるためです。
第一に、唯一まことの神は生きておられ、私たちの祈りに耳を傾けてくださるお方です。世の偶像の神々は実際は存在せず、見ることも聞くことも動くこともできませんから(黙9:20)、そんなものに頼ってはなりません。しかし神様は全知全能なるお方であり、私たちの心の中の叫び声までも聴かれています。もし苦難の日に御名を呼び求めて祈るならば必ず答えられ、救い出してくだいます(詩50:15)。なぜなら「主の御名を呼び求める者はみな救われる(ローマ10:13)」と約束されているからです。
第二に、唯一まことの神はいつくしみ深く、赦しに富み、あわれみ深く、情け深く、怒るのに遅く、恵みとまことに富んでおられるお方です。それゆえ霊的に貧しい罪人である私たちのたましいを、イエス様の十字架の贖いの奇しい御業によって、永遠の滅びの穴から救い出してくださいました(ヨブ33:28)。このイエス様だけが唯一まことの救い主です(使4:12)。
このような素晴らしいお方は他にはいません。だから私たちは、いや神様に造られたすべての国民は御前に来て伏し拝み、心を尽くして主に感謝し、主を恐れつつ、とこしえまでも御名を崇めるべきです(黙15:4)。私たちもダビデのように主の道を教えていただき、主と心を一つにして真理のうちを歩みましょう。そうすれば何も恐れることはありません。
三谷浩司 牧師