『御言葉の戸が開くと』(2026.1.18礼拝)
礼拝説教題『御言葉の戸が開くと』 詩篇119篇129-136節
【主題聖句】
みことばの戸が開くと 光が差し 浅はかな者に悟りを与えます。(詩篇119:130)
聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会
第17段落は「פ(ペー)」で始まります。130節の冒頭のヘブル語は「開く(ペタハ)」です。この語はアラム語で「エパタ」であり、イエス様はこの御言葉をもって耳が聞こえず口のきけない人を癒されました(マルコ7:34-35)。
神の御言葉は生きていて力があります(ヘブル4:12)。そして罪によって固く閉ざされた私たちの頑なな心の戸を開き、また神から離れた私たちの無知で暗くなった心を光で照らして主の御心を悟らせてくれるのです。
イエス様が十字架で死なれた後、失意の中でエマオへの途上にあった二人の弟子は、復活されたイエス様が彼らに聖書を解き明かされたことにより、心が内に燃えて信仰を取り戻すことができました(ルカ24:31-32)。
しかし御言葉の戸は自動的に開くのではありません。私たちが聖書を開いて信仰によって御言葉に目を留め、「口を大きく開けて(パタハ)」、御言葉を慕い求めることが大切です。そうすればアロンの祝祷で定められているように(民6:24-26)、主の御名を愛する者には主の祝福と守りがあり、主が御顔を照り輝かせて罪の贖いによる救いの恵みが与えられ、主が御顔を向けられて主のあわれみによる平安を得させてくださいます。
イエス様は私たちがそのようになるために、私たちの心の戸を御言葉によってノックしておられます(黙3:20)。もし私たちが御言葉を聞いて心の戸を開けて子どものようにイエス様を受れ入れるなら、イエス様は私たちの心の中に入られて留まってくださいます。そうしたら私たちの歩みは確かにされて、どんな不法にも心が支配されることはありません。ですから日々御言葉を開いて読み、心を御言葉の光で照らされましょう。
加えて、御言葉を聞いてもそれを拒む人は永遠の滅びに定められます。彼らが御言葉の光によって悟りを与えられるように涙して祈りましょう。
三谷浩司 牧師
