『しもべとして御心を行う』(2026.10.11礼拝)

礼拝説教題『しもべとして御心を行う』詩篇143篇7-12節

【主題聖句】

あなたのみこころを行うことを教えてください。 あなたは私の神であられ
ますから。 (詩篇143:10a) 

聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会

 143篇の後半の七節は、全節で神様への嘆願がなされています。それは自分の願望実現ではなく、しもべとして主の御心を行うための願いです。
私たちは救われる以前には、神様を自動販売機か何かのように自分の願望を叶えてくれる存在だと考えていました。でもイエス様が十字架でご自分のいのちまで捨てられて私たちの罪を赦して滅びから救ってくださったことを信じた時から、私たちは「キリストのしもべ」として自分の願望よりも神様の御心を行うことを喜びとするように変えられたのです。では私たちはしもべとして御心を行うために何を願えば良いでしょうか。
 第一に、主の御顔をいつも仰ぎ見れるようにとの願いです。しもべはいつでも命令に従えるように主人の顔を常に仰ぎ見ています。それゆえ主の御顔を避けて隠れることがないようにしなければなりません(創3:8)。
 第二に、主を信頼して歩めるよう朝に恵みの御言葉を与えてくださいとの願いです。御言葉こそが私たちにしもべとして行くべき道を教えてくれる光です(詩119:105)。それを一日の始めにいただくことは大切です。
 第三に、主の御心を喜んで行うことを教えてくださいとの願いです。敵である悪魔は私たちに躓きを与えて主に仕える喜びや情熱を取り去ります。だから悪から救い出してくださいとの祈りが不可欠です(マタイ6:13)。
 第四に、御名のゆえに自分を生かしてくださいとの願いです。私たちは自分の義によって生きることはできず、ただキリストの義と恵みによって生かされている者です。もはや自分が生きているのではなく主が私の内に生きておられ(ガラテヤ2:20)、自分ではなく主のために生きるのです。
 第五に、自分のたましいに敵対するものをすべて消し去ってくださいとの願いです。しもべとして御心を行うためには、私たちを罪に誘惑し、心を神様から遠ざけるすべてのものを葬り去る必要があります(コロサイ3:5)。

三谷浩司 牧師