『低い者を顧みられる主』(2026.8.23礼拝)

礼拝説教題『低い者を顧みられる主』詩篇138篇

【主題聖句】

まことに 主は高くあられますが 低い者を顧みてくださいます。 しかし高ぶる者を 遠くから見抜かれます。(詩篇138:6) 

聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会

 表題には「ダビデによる」とありますが、バビロン捕囚から解放されてエルサレムに帰還した民がダビデを記念して歌ったものだと考えられています。ここからご自分の民を顧みてくださる主の幸いを学びましょう。
 第一に、主は御言葉の約束通り、ご自分の民が苦難の日に呼び求めるなら必ず助け出してくださいます(詩50:15)。主はユダがバビロンに捕囚される前から、捕囚の期間は70年であり、その後に主が彼らを顧みてエルサレムに帰還させることをあらかじめ約束されました(エレミヤ29:10)。主は決して私たちを耐えることのできないような試練に遭わせられることはなく、あらかじめ脱出の道を備えていてくださいます(1コリント10:13)。
 第二に、主は高ぶる者に敵対され、へりくだる者を顧みられて救いの恵みを与えてくださいます(ヤコブ4:6)。「高ぶる者」とは自分の知恵や力に拠り頼んで主に信頼しない人です。そのような人は救いの恵みを決して受けることはできません。それに対して「低い者」とは自分の弱さ愚かさを認め、いと高き方すなわち全知全能にして絶対的主権者なる主の御前にへりくだって主に拠り頼む人です。主はそのような人を顧みられて、救いの恵みを与え、高い所=御国に引き上げてくださいます(ヨブ22:29)。
 第三に、主はご自分の民のために救いのご計画のすべてを成し遂げてくださいます。私たちは救われてもなお地上においては苦難があります(ヨハネ16:33)。しかし主はすでに死と悪魔に勝利されて罪の赦しと永遠のいのちの恵みによる完全な救いを与えてくださっています。地上の苦難は一時的であり、私たちが救いの完成へと一歩ずつ近づいていることの証拠です。その苦難の後に待ち受けている重い永遠の栄光に心を向け、主の御言葉に力づけられて、今の苦難を耐え忍びましょう(2コリント4:17)。

三谷浩司 牧師