『さあ、主をほめたたえよう』(2026.7.5礼拝)
礼拝説教題『さあ、主をほめたたえよう』詩篇134篇
【主題聖句】
さあ 主をほめたたえよ。 主のすべてのしもべたち 夜ごとに主の家で仕える者たちよ。(詩篇 134:1)
聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会
「都上りの歌」の最後です。短い詩篇ですが、神殿礼拝を終えた巡礼者たちが神殿で仕える祭司たちに別れの挨拶を送り、祭司が祝福をもってそれに応える構造だと考えられています。新約の教会に当てはめるなら、聖徒たちが聖日に教会に集まり、礼拝を終えた後、互いに挨拶を交わし、祝福の言葉を掛け合って別れる姿に重ね合わせることができるでしょう。
礼拝とは、主をほめたたえ(Worship)、主に仕える(Service)ことです。イエス様を信じて救われたすべてのクリスチャンは「主のしもべ」であり、主の家である教会でキリストに仕える「聖なる祭司」なのです(1ペテロ2:5)。
旧約の祭司たちは、朝ごと夕ごとに絶えず燭台の上にともしびを灯し、香り高い香のささげ物の煙を立ち上らせました(出30:7-8)。新約的にはともしびは「世の光」としての良い行いによる証の生活を(マタイ5:14,16)、「香の煙」は聖徒たちの祈りを象徴しています(黙8:4)。それらは主の祭司である私たちの務めであり、聖日だけでなく毎日ささげるべきものです。
そのように「主をほめたたえる」のは、賛美をささげることだけでなく、主に仕えること、主に祈ること、主を証すること、そして何よりも全身全霊をもって主を喜ぶことです。それによって神の栄光が現わされます。
そのためにクリスチャンは週の初めの日ごとに教会に集まり、礼拝を通して御言葉による霊の糧を豊かにいただき、主にある愛する兄弟姉妹たちとの交わりによって互いに励ましを受け、天地万物を造られた主の御名による祝祷によって力づけられて、再び世に遣わされて行くのです。
現代の教会はインターネット等の活用により共に集まることが少なくなっていると言われます。しかし共に集まって主をほめたたえることがいかに幸いであるかを覚え、ますます励みたいと思います(ヘブル10:25)。
三谷浩司 牧師
