『私を形造られた神』(2026.9.6礼拝)
礼拝説教題『私を形造られた神』詩篇139篇13-24節
【主題聖句】
あなたこそ 私の内臓を造り 母の胎の内で私を組み立てられた方です。(詩篇139:13)
聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会
詩篇139篇の後半では、創造主なる神の全能性と、その神を信じないで悪を行う者たちに対する神の聖と義によるお取り扱いについて学びます。
第一に、神の全能性についてです。それは私たち人間の構造の驚異に存分に現れています。人の体は数十兆個の細胞でできており、それらがすべて連携し、精密を極めた精巧なシステムで生命活動を行っています。ちなみに成人の血管を一本に繋ぐと約10万km(地球2周半)に達します。人体の形成は卵子と精子の二個の細胞の結合によって始まり、その中の遺伝子に記録されている設計情報によって形造られて行きます。それはまさしく神秘であり、全能の創造主なる神の存在を決定づけています。
また神様は私たちが生まれる前から、私たち一人ひとりの人生の設計図をあらかじめ用意されており、私たちの人生の時はすべて神様の全能の御手の中にあって(詩31:15)、ご計画の通りに生かされているのです。
第二に、神の聖と義についてです。この詩篇の作者は、悪者に対するさばきを唐突に神様に願い求めています。この「悪者」とは神様に敵対し御名を冒涜する存在であり、かつ人殺しです。それは本質的には悪魔とその働きを指します(ヨハネ8:44)。神様は人知を超えた救いのご計画の中で悪魔の活動を一時的に許されていますが、それは悪魔に従う不信者たちの罪が満ちる時までで、最終的には聖にして義なるさばきを下されます。
神様を愛する私たちは敵である悪魔を憎み、悪魔の巧妙な罠を警戒すると同時に、日々自分の内側を神様に探っていただく必要があります。それでもし罪によって信仰の道から外れた「傷ついた道」があるならば、キリストの十字架を通して「とこしえの(いのちの)道」へと導いていただかなければなりません(ヨハネ14:6)。そして「真理に基づく義と聖をもって、神にかたどり造られた新しい人」として歩み続けましょう(エペソ4:23-24)。
三谷浩司 牧師
