『唇の戸を守ってください』(2026.9.20礼拝)
礼拝説教題『唇の戸を守ってください』詩篇141篇
【主題聖句】
主よ 私の口に見張りを置き 私の唇の戸を守ってください。 (詩篇141:3)
聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会
141篇は初代教会で「夕べの詩篇」として好まれていたそうです。内容的には140篇の続きのようで、敵に苦しめられている中で神様に助けを祈り求めています。ただし敵から救われることよりも、自分自身が敵と同じ悪者になって神様に罪を犯さないように守られることを祈っています。
第一に、言葉の罪を犯さないようにとの祈りです。ヤコブ書は言葉の罪は人生を破壊してしまうほど悪くて大きいと教えています(ヤコブ3:6-7)。私たちは相手の悪い言葉に影響され、つい自分も悪い言葉で返してしまうことがあります。それで人生を棒に振ってしまうこともあり得ます。だから言葉の罪を捨てられるように祈らなければなりません(コロサイ3:8)。
第二に、悪者の仲間にならないようにとの祈りです。私たちは迫害や仲間外れを恐れて悪者たちの犯している罪、不正や暴力や不道徳に加担してしまうことがあります。人間とは弱い者です。神様の助けなくして悪に勝つことは決してできません(エペソ5:7-8)。江戸時代初期に来日したフェレイラというカトリック宣教師は拷問によって棄教し、キリシタン弾圧に協力しました。しかし後に悔い改めて殉教したと言われています。
第三に、心の中で罪を犯さないようにとの祈りです。この世では心の中でどんなに罪を犯しても処罰されることはありません。しかし神様は私たちの心の中もすべて見ておられます。もし心の中で罪を犯したなら、現実に犯したと同様にさばかれるとイエス様は言われました(マタイ5:28)。
私たちも罪を犯すことのないように、「主よ、守ってください」と日々祈りましょう。ペテロは祈りを怠ったために(ルカ22:46)、三度も主を否定するという大きな罪を犯す結果となりました。そのように、祈るか祈らないかが私たちクリスチャンの罪に対する勝敗を分ける鍵となるのです。
三谷浩司 牧師
