『朝明けに祈る』(2024.9.8礼拝)
礼拝説教題『朝明けに祈る』詩篇88篇
【主題聖句】
しかし私は 主よ あなたに叫び求めます。 朝明けに 私の 祈りは御前にあります。(詩篇87:13)
聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会
表題の「マハラテ・レアノテ」は「病気の苦しみ」を意味すると考えられています。この88篇は悩みで始まり嘆きで終るために「暗黒の詩篇」とも呼ばれます。しかしそうした最悪の状況の中でこの詩人は、神様による希望と救いの「朝明け」が必ず来るという確信をもって祈っているのです。
この詩人は死の間際にあり、ほとんど絶望と言える大きな苦悩を抱えていました。それは自分が神様に対して何らかの罪を犯し、神様の憤りによって神様の御手から断ち切られ、悪人の死後の魂が行く最も深い穴、暗くて深い淵、すなわち神様の御光といのちから永遠かつ完全に遠ざけられる「滅びの刑罰」を受けるのではないかという恐怖です(2テサロニケ1:9)。
そのため彼は、自分を滅びから救うことのできる神様に昼も夜も毎日祈り続けたのです。しかしその祈りが聞かれる気配は全然なく、さらに彼を苦しめる事態が起きました。自分の愛する家族や親友が彼から離れ、彼を忌み嫌うようになったのです(ヨブ2:9)。それでも彼は孤独の暗闇の中で、神様に対する信頼と救いの希望を捨てることなく祈り続けました。
そして彼は死と滅びの恐怖に心がくずおれそうになりながら、自分が生きている間に神様の救いの奇しい御業を賛美できるように、さらには神様の恵みと真実と義を人々に宣べ伝えられるようにと嘆願したのです。
この祈りが聞かれたかどうかの答えは、ここにはありません。しかしイエス・キリストにおいてこの祈りが確かに聞かれることを、新約聖書で知ることができます。まさに「彼」はキリストご自身の姿です。人となられたキリストは私たちに代わってこれらの苦悩をすべて経験され、十字架で死なれて三日目によみがえられたことで、私たちを死と滅びの恐怖から解放してくださいました(ヘブル2:14-15)。それゆえイエス様を救い主と信じ、その御名を呼び求める者はみな救われるのです(ローマ10:9,13)。
三谷浩司 牧師