『主を恐れる人への祝福』(2026.5.17礼拝)

礼拝説教題『主を恐れる人への祝福』詩篇128篇

【主題聖句】

見よ 主を恐れる人は 確かに このように祝福を受ける。(詩128:4)
                        

聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会

 この詩篇では、どのような人が神様の祝福を受けられるかが教えられています。それは「主を恐れ、主の道を歩む人」すなわち主だけを信頼すべき唯一の神とし、主を愛し、主の命令を守る人です(申8:6、7:9)。そのような人には「恵みの契約を千代までも守られる」と約束されています。
 具体的な祝福としては、第一に生活の祝福です。当時のイスラエルで自分の勤労の実を食べることができるのは当然ではありませんでした。日照りが続いて作物が実らなかったり、せっかく実った作物を野の獣や他民族に奪い取られたり(申28:33)、地主や為政者に搾取されたり、また自分がケガや病気になって働くことができなくなることもありました。したがって自分の勤労の実を食べることができるのは主の恵みであり、幸いなことなのです。だからパウロは「(働く能力があるにもかかわらず)働きたくない者は食べるな(2テサロニケ3:10)」と厳しい忠告をしています。
 第二に家庭の祝福です。主を恐れる女性は良妻賢母であり(箴31:30)、「たわわに実るぶどうの木」に譬えられています。すなわち主と主の愛と御言葉にとどまることで(ヨハネ15:7-10)、霊的な実を豊かに結ぶ人となるのです(ガラテヤ5:22—23)。また主を恐れることを教えられた子どもたちは神を知ることにより(箴2:5—6)、「オリーブの若木」に譬えられているように霊的ないのちにおいて健やかに成長していきます。そのような家族が主を中心にして食卓を囲んでいる光景は何とすばらしいことでしょうか。
これらの祝福はシオンから、エルサレムの神殿礼拝を通して与えられ、そこには主の平和があります。新約時代においては教会における礼拝と主にある兄弟姉妹の交わりを通して与えられます。そうした主の慈しみによる祝福を信仰生涯を通じて見ることができ、またそれが次の世代へ引き継がれていくのを見ることができるなら本当に幸いであり平安です。

三谷浩司 牧師