『主が建てるのでなければ』(2026.5.10礼拝)

礼拝説教題『主が建てるのでなければ』詩篇127篇

【主題聖句】

主が家を建てるのでなければ 建てる者の働きはむなしい。 主が町を守るのでなければ 守る者の見張りはむなしい。 (詩127:1)
                        

聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会

 

 この詩篇はバビロン捕囚からエルサレムに帰還したイスラエルの民が神殿を再建する時に歌われたものと考えられます。この「家」は神殿だけでなく、帰還民の家庭も含んでいます。そして神殿も家庭も建てるのは人ではなく、神様によるとの信仰を告白しています。このことは新約の教会、また「聖霊の宮」であるクリスチャンにも適用することができます。
 第一に、「家」の設計者また建設者は神であり、御言葉が堅い基礎です(ヘブル11:10)。イエス様はペテロに「この岩の上に、わたしの教会を建てます」と言われました(マタイ16:18)。「岩」とはイエス様ご自身であり、彼を「生ける神の御子キリスト」と信じる信仰です。教会もクリスチャン一人ひとりの人生も、その信仰を土台として、主が御言葉によって建て上げてくださいます。そうすれば、どんな大きな試練に遭っても倒れません(マタイ7:24—25)。もしも人の力で建てるなら、むなしい結果に終わります。なぜなら、いかに見た目に立派に建て上げたとしても、それは人の栄誉となり、主の栄光が現わされないからです。それだけでなく、主が建てたものは永遠ですが(2コリント5:1)、人の建てたものは必ず朽ちるからです。
 第二に、神はご自分を愛する者の「家」に報酬として霊の子孫を与えてくださいます。バランスのとれた教会には老若男女がいて、全体が組み合わされて成長していきます(エペソ2:21-22)。どんなに人数が多くても、もし信仰を受け継ぐ若い魂がいなければ、教会は途絶えてしまいます。宣教のための霊的な戦いをするにしても、矢筒が空っぽになったら戦えません。しかし教会に若い魂が与えられ、次の世代が育つなら安泰です。それゆえ若い魂の獲得と訓練による成長は教会の最重要課題と言えます。
 神様は私たちをやがて完成された神の家、天の御国に入れてくださいます。その日まで、自分の人生を主に委ねて建て上げてもらいましょう。

三谷浩司 牧師