『主にふさわしく歩む』(2026.3.8礼拝)

礼拝説教題『主にふさわしく歩む』コロサイ人への手紙1章10節

【主題聖句】

また、主にふさわしく歩み、あらゆる点で主に喜ばれ、あらゆる良いわざのうちに実を結び、神を知ることにおいて成長しますように。(コロサイ1:10)
                        

聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会

 

 コロサイ教会は異邦人の教会であり、聖徒たちは異教的な罪の習慣に馴染んで生活してきましたが、それと違う主を信じて救われた者としてふさわしい新たな歩みをすることが求められました。私たちも同様です。
 第一に、悔い改めにふさわしい行いをすることです(使26:30)。具体的には、真の神を知らない時に当然のように行っていた罪の習慣を捨て去ることです。特に日常会話においてそれが勧められています(エペソ5:3-4)。むしろ日常的に主への感謝のことばが口から出るようになれば幸いです。
 第二に、主に贖われた者としてふさわしい礼拝を献げることです(ローマ12:1)。私たちはイエス様がご自分のいのちの代価を払って買い取られた者ですから(1コリント6:20)、神の栄光を現わすために日々自分を主に献げ、主を第一にして生活する、それこそが主に喜ばれる真の礼拝と言えます。
 第三に、キリストを身に着け、キリストと共に歩むきよい生活をすることです(黙3:4)。それは単に「罪を犯さない」ということでありません。イエス様は罪のない方であると同時に、積極的に善を行われた方でした。それゆえキリストを着るとはイエス様を模範として善を行うということです。それによって周囲の人々は私たちの内面にキリストを見るのです。
確かに「主にふさわしく歩む」ことは人間的には難しいかもしれません。しかし私たちが熱心に祈り求めるなら、きっと主は私たちを「主にふさわしい者」に造り変えてくださいます。なぜならそれが主の御心だからです。

三谷浩司 牧師