『エルサレムの平和のために祈れ』(2026.3.29礼拝)

礼拝説教題『エルサレムの平和のために祈れ』詩篇122篇

【主題聖句】

エルサレムの平和のために祈れ。「あなたを愛する人々が安らかであるように。 (詩122:6)
                        

聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会

 

 イスラエルの聖都「エルサレム」は「神の平和」という意味を持ちます。ダビデがこの地を征服し「ダビデの町」として定めてからソロモンの治世にかけて非常に繁栄して平和が保たれました(1列4:24)。しかしその後の歴史においてエルサレムは、人類史上で最も激しい争奪戦の舞台となります。「エルサレムの動向は世界情勢の縮図」と言われる通り、この地の平和を祈ることは、すなわち世界全体の平和を祈ることに他なりません。
 この詩篇の作者は捕囚からの帰還民の一人として喜びと共に神殿礼拝へ向かいました。彼がエルサレムの門の内に立ち、その光景を目にした時、何を感じたでしょうか。神殿や城壁の再建が進んでいたとはいえ、実際の復興はまだ道半ばだったはずです。しかし彼は落胆せずに信仰の目を開き、エルサレムにかつての繁栄が回復し、平和のうちに主の諸部族が御名に感謝をささげるために上って来る―そのような輝かしい幻を見たに違いありません。だからこそ彼はエルサレムの内に平和があるように、また都を愛する同胞の内に平安があるようにと切に祈ったのです。
 この祈りは現代において「霊的なエルサレム」である教会にもそのまま当てはまります。教会はキリストを信じて義と認められ、その十字架の血によって神との平和を与えられた人々の集まりです(ローマ5:1)。そしてキリストを愛し、その御体である教会を愛し、兄弟姉妹を愛する者には、主からの平安が約束されています(1ペテロ5:14)。それゆえ私たちは互いの平安のために祈り合うのです。同時に、未だキリストを知らない人々が救いに預かり、神との和解(平和)を得られるよう執り成しを祈るのです。
 エルサレムの平和、そして兄弟姉妹の平安のために日々祈りましょう。そして何よりもキリストの再臨によってこの地上に完全な平和が成就する日を待ち望み、「主イエスよ、来てください(黙22:20)」と祈りましょう。

三谷浩司 牧師