『悪者の綱を断ち切られる主』(2026.5.24礼拝)
礼拝説教題『悪者の綱を断ち切られる主』詩篇129篇
【主題聖句】
主は正しくあられ 悪しき者の綱を断ち切られた。(詩篇 129:4)
聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会
神の選びの民イスラエルの歴史は、神を恐れない悪者たちから憎まれ、苦しめられた歴史だと言えます。それは新約の教会にも当てはまります。
「若いころ」とは初期のイスラエル民族がエジプトで奴隷状態であった時代のことを指しています(ホセア2:15)。そしてカナン入植後も周辺民族の侵略、アッシリアとバビロンによる侵攻と捕囚、ローマ帝国への従属、AD70年に起きたエルサレム攻囲戦による世界中への離散と彼らの苦難は続きました。また初代教会もローマ帝国から迫害を受け(ヘブル11:36-38)、その後ローマ・カトリックがヨーロッパを宗教的に支配した時はローマ・カトリックに従属しない聖書的な教会や信徒は激しい迫害を受けました。
しかし主は正しくあられ、ご自分の民を決して見放さず、お見捨てにならず(詩94:14)、彼らを憎む悪しき者の迫害と束縛の綱を断ち切られて、彼らに勝利と自由を与えられました。出エジプトしかり、バビロン捕囚からの解放しかり、プロテスタントの宗教改革しかりです。全能なる神が味方であるなら、だれも敵対することはできません(ローマ8:31)。そして神はご自分の民を苦しめる悪者たちを、時が来れば瞬時に滅ぼされます。
霊的には神の敵である悪魔が、すべての人を罪と死で束縛して苦しめています。しかし恵みとまことに満ちておられる主は、罪人を愛されて、御子イエス・キリストの十字架の贖いの御業によって死と悪魔に勝利され、ご自分を信じる者を罪と死の束縛から解放してくださいました(ローマ8:2)。
そして悪魔は最終的にさばかれて、永遠の火に投げ込まれます(黙20:10)。
神様に断ち切ることのできない綱はありません。もし私たちが今なお罪の綱に縛られているなら、「断ち切ってください」と主に祈りましょう。もしかすると痛みを伴うかもしれませんが、それが祝福への第一歩です。
三谷浩司 牧師
